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hanauta

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最近考え事や好きなものがたくさん欲しいと思うようになった。
疲れてネットも新聞もみずに早く眠ると、眠る夢をみてしまうことに驚いたから。
考え事があれば、動けなくなったとき助けてくれる気がする。
今朝、へとへとの状態で運転していたら、突然大貫妙子さんのピータラビットとわたしの歌を歌っていて、
何年も聴いていなかったのに本当に突然に。
笑ってしまって少し元気が出た。好きな歌だった。

誰かを想う文章をみかけて、自分のことじゃないだろうなと思っている人が、
何も疑わずその文章を自分のためのものとして受け取れる日が来たらいいな。

ブログを更新することは、今はもう独り言のようになってしまった。
でも遠くにいてあまり会えない人に向けて、伝言板のような、そんな場所な気がしている。
相手が読んだのかも、元気にしているかもわからないけれど、
ここに書き留めておけばいつかまた話せるのではないかと思う。
大人になったら会えないなんて嘘にしよう。

おわり
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aohukaiao

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青が好きな色。
好きなものは、反対のものを拒絶することではなく、単純にそれを慈しめばよかったのか。
子供の頃、ピンクのもの、可愛いものを身に着けたり所有していることが苦手だった。
この感覚であること、可愛いものが苦手なことは少女として失敗なのではないだろうかと、不安な気持ちを持っていた。だから寒色を選ぶことが少し淋しかった。
昨年、誕生日プレゼントに青色の造花が一緒に添えてあった。
夏生まれなので、涼しげなイラストが包装箱には描かれていてそれと造花の色がよく合っていて。
とても嬉しかった。こんなに嬉しいのか、この色を貰えてこんなに嬉しいのかと思った。

今は単純に青が好きだ。ピンク色が好きじゃないから、青を選ぶのではなく。
深く静かな青色を身に着けていると、幸せだ。

おわり

memo

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人に話したり、人の話に共感する材料をすぐに頭から取り出せない。怖い話をしてと言われて咄嗟に思いつかない。
大好きな歌の曲名を忘れている。とても好きだったのに。「忘れてはいけないメモ」という項目をスケジュール帳に作った。知ったことが無くなってしまわないように。何度も思い出す機会を与える。悲しい時、好きな歌くらい覚えておかなくては。
(忘れいたのはThe DelgadosのWoke From Dreamingという曲)

人を傷つけたらどうなるのかというと、人を傷つけないように努力し続けるしか私に道はない。

先日突然、犬猫の写真がぬいぐるみにしか見えなくなっていた。どうしてだろう。飼っていない時期が長過ぎて、とうとう現実にはいないものと認識し始めているのかも知れない。飼いたい。飼いたい。

おわり

dariamatane

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生き返るのに一年かかった。じゃあこれからは、生きてゆけるんだな。
幸福が形の見えないものとは言うけれど、言葉にも何にも表せないなんて不幸だ。

絵を描いている時と日常とで、心が全く違う場所にある。
その切り替えが上手くできずにいた。特に、絵を描いていてそこに集中しているところから日常へ切り替えるのに苦労していた。
何年か前はその苦労がなかった。ずっと絵と日常の狭間にいたのかも知れない。どちらにも行ける曖昧な思考だった。
今は違う。分けた方が生き方に合っている。でも行き来するのが苦しい。どんどん絵を描くスピードが落ちた。
でも今日気づいた。切り替えられる機能を自分で発明すればいいのだ。
小さな小さな人生で、それができたらもうかなり幸福かも。
生き返った。よかった。生きていこう。

私の人生は淋しいものかも知れないけれど、悲惨ではない。

昨年冬、よそさんと何年かぶりに再会してご飯を食べてお話しして一緒にノートに絵を描いた。
その時、ずっと怖がっていたことが解けた。
ものを作る人の側にいることが怖かった。だけど、よそさんといるととても心地良かった。分かった。
絵を描いていた自分が救済された。

最近、誰の一番にもなれないという呪いが消えた。淋しいけど健やかな気がする。少し強くなった気がする。

おわり

shima

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(前の記事に素敵な詩のコメントを、ありがとうございました。)

島や島の美術館に行った。
夢のような時間だった。

人間はなんて忙しいんだろう。
それは幸福に向かう方角が多いからなのだと。
食べ物は味付けしなくても食べられるけれど、
美味しく調理をするし、
楽器は綺麗に演奏できるように時間をかける。
絵を描くために時間をかける。
しなくても生きていかれるものは、
いずれもしあわせに繋がっている。
時間をかけて服を選ばなくても、
相手をおもって便箋や言葉を選び手紙を書かなくても
生きていける。
けれど人はたくさんの幸福になる方法を見つけたから
なんて忙しいんだろう。

おわり

niwa

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具体的に悲しいことがなくても悲しくなるのが人間なのだな だから仕方ない
そう思えたのは、前に友達がモノをつくったりそれを楽しむこと(娯楽)は人間だからこそできることと言っていたから
生きているだけでなく人間だから、順序よくは動かない

寿命が有限であることをよく忘れてしまう
命は明日にも終わってしまうとまではまだ納得して言えないけれど、
生きているうちにやりたいことを一つずつやっていくべきだなと思った

ブログの中の綺麗にした文と普段の自分との差がはげしくて
なんだか恥ずかしくてあまりかかないでいたけれど
生きているうちにやりたいことに言葉を書くことが含まれているのならば。
そんな恥は、恥ずかしがって終わりにしたらいいんだと思う。

おわり

shiori

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年賀状くださった方に、寒中見舞い描いてます。一枚ずつ少しずつ、もう少し待ってて下さい。

面倒くさいことをしたらストレスがたまるかといえば、じつはそうでないこともある。
今私は、欲しい物を買うことさえ面倒くさくなっている。これは悲しみの頂点なのではないだろうか。

先日はCC大阪ありがとうございました。
漫画をまた描けてよかったのと、友人とものをつくる機会があったことがとても嬉しかったです。
拙い対応や準備不足で、がっかりさせてしまったのではないかと反省しています。
でも、また今度出る時はもっと自信をもって楽しいものを準備していきます。

ネットに言葉を書くことがなにか恐ろしくなったのは、大人になったからでしょうか。
もっと自分にやさしくしたら、人のために働けるでしょうか。働くとは、ここでは仕事ではなく。

一人の作家さんの本をすべてすきになるんだと挑んでも、きっと自然と頁をめくってしまう本は分かっている。
繰り返してもいいではないか。それからまた新しいことを知ったら。人生は足りるのか。足りないかも。

おわり

kakifurai

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昨年は消極的な年でした。今年はもう少し、楽しいことに飛び込む年にしたいです。
それでも幼なじみと創作漫画の合同誌をつくったり、展示や合同誌に誘って頂けたり、嬉しいことで支えられていました。
いつか自分が「嬉しい、楽しい」になって、支えられる日がくるといいなと思います。
2016年たくさんの方に幸せなことがありますように。

sirohanana

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会いたいと思っている人にもしかしたらずっと会えないかも知れない
でも大丈夫かも知れない
ずっと会えないことは悲しいことのように思えていたけれど
そうではないかも知れない

映画を借りてきた
リアリティのダンス、天才スピヴェット
大きなレンタルショップが近所にあればいいのになと思う

モザイクカケラ/Sunset Swish

おわり

dan

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絵を描いてねとノートをくれた。それをあまり使えないでいた。
私はその時もうすでにスケッチブックいっぱいに絵を描けなくなっていて、
スケッチブックを見返すのが楽しくなくなっていた。
でも最近、グッズになるものでも展示のために用意するものでも物語になるものでもない、
断片的なものをたくさん描きたい気持ちになった。
描けなくなったのは、断片的なことを吐き出すことに対して
無意識に時間の無駄なのではないかと思っていたからかも知れない。
スケッチブックを見て楽しくないことは自分にとって悲しいことだったので、
無駄なことという考え方はなんだか恐ろしいことだなと思った。

人と関わることを本当に避けるようになった。
これでは心が死んでしまう。どうしたらいいんだろう。

四年前くらいにやすだゆうかちゃんと電話をした時の日記が出てきた。
(ゆうかちゃんはゆうかちゃん)と最後に書かれていた。



おわり
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Thank you.

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